マダガスカルの貧困撲滅を支援する会

私たちにできること③:支援する


ここまでお読みいただいたあなたは、この現実に対して、私たちはどうすべきだと思われましたか?

「特に何もする必要はない。格差が広がり続けようが放置しておけば良い。過去に搾取したのは自分じゃないし、今だって法に触れるような搾取なんかもちろんしていない。恵まれた国・社会・家に生まれたのも、別に自分が頼んだ訳じゃない。」

そういう方も一定数いると思いますが、一方で「こんな世の中はフェアじゃない。格差を解消する努力をすべきだ」と思う方も多いのではないでしょうか。

そう思う人たちは、どうすれば良いのでしょうか。
寄付をすれば良いのでしょうか?ボランティアをすれば良いのでしょうか?

当然、これに明確な答えはありません。
人それぞれの考えがあり、多くの人は、一時的に共感しながらも、具体的な行動にはなかなかつながらないのが普通だと思います。

ただ、まずは理解を持つことが大事ではないかと思います。
そして、そういった人が少しずつでも増えていくことが必要です。

そういう意味では、このサイトを広めて頂くことが、ひとつのできることかもしれません。
それにより、このような理解を持つ方が少しでも増えれば大変嬉しく思います。

このサイトでは、私自身の結論の一例として、本家Akamasoaへの寄付を最後に呼びかけてはいますが、それだけが目的という訳ではありません。

ここまでお読み頂いた上で、「私には何ができるかな、すべきかな」と考えを巡らせ、何か少しでも行動に移して頂けたのなら、それだけで最高です。(もちろん、Akamasoaに寄付頂けるのも大変嬉しいです。)

ということで、以下では、現時点での私自身の、この格差を解消するために「できること」「考えたいこと」「貢献したいこと」をご参考まで共有したいと思います。

「できること」

些細なことですが、まず少しの勇気を出してペドロ神父に会いに行って、少しの勇気を出してこのホームページを作ったことです。これを読んで頂いている方に置き換えると、このページに共感して頂けたら、少しの勇気を出して周りの人に広めていただくこと、になりますでしょうか。

「考えたいこと」

とても稚拙で青い考えかもしれませんが、そもそもの日本や世界の政治のあり方から変える必要があると思っています。

日本では、途上国どころか、国内のシングルマザーや子どもの貧困など苦境にいる家庭が増えているのに、その人たちへの支援すら覚束ないことに憤りを感じています。

政治は、本当に国民の意思を十分に反映しているのだろうか?あんな政治家さんたちに任せておいていいのか?選挙で政治家を選ぶという今の仕組みは機能していないのではないか?よりよい世界を作るための政治のあり方がもっと別にあるのではないか?
かなり壮大で抽象的ではありますが、こんなことを考えています。

例えば、日本ではあまり知られていませんが、フランスでは2018年に始まった「黄色いベスト運動」などの講義行動にマクロン大統領が答える形で、2020年に「気候市民会議」というものを開きました。

抽選で無作為に選ばれた市民150人が、専門家の意見も聞きながら、9ヶ月間に渡って具体的な気候変動対策を練るというものです。「くじ引き民主主義」なんて言われてたりもします。

完成した提言書は460ページに及び、149の提言のほぼ全てを網羅した法案が国会で審議されているそうです。

これらの提言はかなり先進的なものも多く含み、気候変動阻止が喫緊の課題であるという市民の公共心が、何のしがらみも受けない形で具現化したもので、ルソーのいう「一般意志」をより表しているのではないか、と期待させます。

この取り組みは国レベルでは英国でも実施されたほか、欧州の自治体レベルでは数多くの自治体が導入するようになっています。

アジアの都市でも幾つか事例はあり、日本でも、札幌市でまず試行的な気候市民会議が開かれ、川崎市でも開催されたようです。また、全国の若者がオンラインで繋がり「日本版気候若者会議」も開催されました。

まだまだ実験段階ですし、他にも検討されている新しい民主主義のあり方はいくつもあるようですが、少なくとも、選挙制もしくは代表制民主主義に改良の余地があることは確かです。

これらの動きはあくまで「気候変動」に対する危機感がいよいよ高まったもので、そういった意味ではまだ、先進諸国の人間が「自らへの直接的な被害」があることから立ち上がった、直接的な利己心に基づくものともいえます。

私としては、これを将来的には貧困や格差の問題にも広げられないものか、という思いを持ちながら応援しています。

具体的に気になる政策としては、前ページでも触れたように、ODA(政府開発援助)の金額が日本は国際社会の目標であるGDPの0.7%の半分にも満たないので、これを漸増していくべきだと思いますし、シングルマザーや子どもの貧困など、国内の貧困対策ももっと本格的に予算を割いてできないだろうか、と思っています。

「貢献したいこと」

最後は、もっと直接的で具体的な話です。

繰り返しになりますが、私の暮らしているマダガスカルでは、毎日欠かさず、物乞いをしている子どもたちが寄ってきます。

私の子どもと同じ年頃の子たちが、生気のない目をして繰り返し「金をくれ」と言いながら追いかけてきます。

一人にあげると他の子たちも沢山集まってきて、キリがないのでやめると、とても残念そうな顔をします。

孤児の子もいるのかもしれませんが、暗くなっても必死に物乞いを続ける小さな子を見ると、親から「ちゃんと稼ぐまで帰ってくるんじゃないよ!」と言われている子もいるんじゃないかと思わされます。

本当に、毎日胸が張り裂けそうになります。

なぜこんなにも、生まれが違うだけで厳しい人生を強いられるのでしょうか。

この貧しい子たちを少しでも減らすには、私はやはりAkamasoのような、ある種の福祉国家とも呼べる団体を支援していくのが効果的な気がしています。

普段、仕事で現地の政府への様々な支援にも携わっていますが、やはりどうしても、国への支援で、政治も絡むと、そこに数億円あげたところでどうなっているのだろう?と思わされます。
彼らの優先度が十分に貧困対策にある訳でもありません。

トップページにも書いた通り、Akamasoaは住居と仕事と教育と保健を提供します。これらは、人が貧困から脱して自立するための「ワンセット」であり、どれか一つだけの支援を続けるより、まとまったお金は必要にはなりますが、より効果的で、長期的には費用対効果も高いのではないかと思います。

私からすると、政府がやるべき福祉事業を、政府より効率的にやっているように見えますし、政府よりも信用できます。
そもそも、政府に寄付してもこのような事業に使ってくれる訳ではありません。言い換えると、Akamasoaに寄付することは、政府の福祉部門に直接寄付するようなもの、とも言えるかもしれません。
(なお、Akamasoaが建てた学校の先生の給料は政府が払っていたり、政府も部分的に負担はしているようです。)

確かに、Akamasoaは現代のNGOでは通常備えているべき資金面での透明性が外から見てある訳ではありませんが、私が実際に村に行って見た印象では、それどころではないというか、毎日助けを求めてくる人たちにただコミットしているというか、そこに対する気合いのようなもの、30年以上前に彼らが活動を始めたときから変わらず持ち続けている信念、もしくは冷めることのない怒りのようなものさえ感じました。

カトリックの団体ですので、そうではない団体ほど、透明性に気を使わずとも支援を集められるという所もあるのかもしれません。
ただ、もし彼らが必ずしも日々のお金に困っておらずとも、その活動を「拡大」する余地があるならば、その支援をする意義があると思っています。

例えば、Akamasoaの2020年の活動報告書(P.11)によると、Akamasoaは新たに郊外の2箇所に土地を買い、そこで既に村を拡大し始めているようです。
さらに多くの貧困家庭が受け入れられ、人間らしい生活を送れるようになるのであれば、素晴らしいことだと思います。

なお、念のため付け加えると、彼らはそこでヌクヌクと暮らす訳ではありません。AKamasoaのスローガンのひとつは、「働かざるもの食うべからず」です。

Akamasoa自体も、全ての家族をずっと食べさせられる訳がありません。親たちは、採石場や村の中のサービス業や手工業など、Akamasoaの支援も受けながらも自分たちで必死に稼いでいく必要があるので、ただ支援が湯水のように日々消えていく訳ではないことを添えておきます。

世界でもトップクラスに裕福な我々日本人が、Akamasoaのような、世界最貧国で、その中でも最も困っている人たちを支援する団体に直接支援することができるのなら、とても素晴らしいことだと思います。

私がその橋渡しをできればと思い、このホームページを作りました。

賛同いただける方は、寄付の方法を以下のページでご案内していますので、ご検討いただけますと幸いです。
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